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小仙波貝塚跡

小仙波貝塚跡

今から遡ること、7、8千年前の縄文時代前期。
川越はなんと海に面していました。その時代は、北半球が温暖になり氷河が溶けて海水面が上昇。そして今の東京湾が内陸の川越にまで届いていました。川越は今よりもずっと温暖で、様々な動物や植物に囲まれ、まさにパラダイス!
川越市市制70周年記念誌「川越のあゆみ」によると、東京湾は、大宮台地の上尾市平方あたりまで入り込んでいて、川越・上尾街道から南の美田地帯は海だったそうです。

パラダイス時代の川越マップ

下のマップは、上記「川越のあゆみ」の記述と、仙波台地の地形を元にイメージした7、8千年前の川越と古東京湾の位置関係です(専門的に調査し作成したものではないので、「こんなだったのね」程度のイメージとして見てください)。
パラダイスだった川越も、縄文時代中期を過ぎると海が引き始め、後期には現在の東京湾の辺りまで後退しそうです。

縄文時代 川越-東京湾マップ

小仙波貝塚

小仙波貝塚 遺跡範囲

小仙波貝塚跡は約6千年前の貝塚跡で、古東京湾にのぞむ最も奥の貝塚跡です。

この貝塚からはシジミやカキなどの貝が出土していて、さらに貝層の下からは土器や石器を出土する竪穴住居も発掘されています。

海が流れ込むこのエリアは、海の貝も採れましたが、主に淡水の貝を採取されていたようです。

小仙波貝塚の碑が置かれている場所は元々泉が湧き出ていた場所で、この泉を中心に集落が営まれていました。
現在、遺跡部分のほとんどが宅地や畑となっていて、その遺構は小仙波貝塚の碑と広場があるのみとなっています。

 

龍池弁財天

おまけスポット「龍池弁財天の伝説」

小仙波貝塚から程近い場所にあり、川越観光スポットのひとつでもある喜多院。
その喜多院のルーツとなる伝説と、この地が昔海だったこという話が、この龍池弁財天で残っています。

詳細を見る

 

スポット詳細

名称小仙波貝塚跡(こせんばかいづかあと)
住所
埼玉県川越市小仙波町3-11-8付近
電話049-222-5556(川越市観光案内所)
WEB
時間自由
休みなし
料金無料
所要時間5~10分
駐車場なし
指定指定 史跡: 小仙波貝塚

 

アクセス

車でアクセス

関越自動車道「川越IC」より 11分
圏央道「狭山日高IC」より 34分

電車でアクセス

徒歩
西武新宿線「本川越駅」より 徒歩19分
東武東上線・JR「川越駅」東口より 徒歩23分
東武東上線「川越市駅」より 徒歩25分
バス
西武新宿線「本川越駅」、東武東上線・JR「川越駅」東口 西武バス(本52)「仙波下バス停」 徒歩1分
東武東上線・JR「川越駅」東口 小江戸名所めぐりバス 「喜多院前バス停」 徒歩7分
東武東上線・JR「川越駅」西口、西武新宿線「本川越駅」 小江戸巡回バス「喜多院バス停」 徒歩9分

 

バリアフリー

表示の見方・説明

車椅子・ベビーカーの入場

  • 車椅子OK
  • ベビーカーOK

車椅子は介助者がいることが前提の評価です。

バリアフリー情報

  • 介助・盲導犬受け入れ

路面状況

  • コンクリート

 

参考資料


参考書籍

川越のあゆみ(川越市市制施行70周年記念誌)
川越市
1992-12

 

参考Web

参考その他

現地案内板


 
 

掲載の観光・地域スポット情報は2011年8月現在のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

コメント

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  • チェンミン

    地図に東武東上線とありますが、これはJR川越線です。なお、35年も前の小さい頃、私は烏頭坂の下に住んでいて、近所の畑に山ほど貝殻が捨ててあった場所があったんですよ。それから数年後、http://inoues.net/museum/sakai25.jpgのようなものがどこからか出てきたのを覚えています。悪ガキが割ってしまいましたが、とっておけばよかったですね。